ドット絵について

どうも最近ドット絵に関して訳のわからない事をしているdedpです。
一応理由があったりするので、自分の考えをまとめるためにブログに書いてみます。

最近ゲーム開発におけるグラフィック/ドット絵についてあれこれ研究しています。

私のゲーム開発考察の(といっても自前で1作も完成させた事無いのですが)
テーマの一つとして「省コスト」が大きなウェイトを占めます。

省コストとといっても単純な手抜きではなく、知恵をひねって、いかに小さい労力でよりハイクオリティなものを作れるか? というのが大きなテーマです。

何故このような事を考察する必要があるのか?
単純にゲームを作成するのが凄い大変だからです。

音楽つくって、SEつくって、グラフィックつくって、プログラムして、ストーリーつくって、デバッグして、修正して・・・なんてやる事は腐るほどあります。
省力できるところは可能な限り省コストで!というか省コストで無いとダメ!と言ってもいいでしょう。
特に(ゲームに限らず)作品というのは可能なリソース(わかりやすいく言えば時間)の範囲で作成した妥協の産物であるのが常です。
その限られたリソースを有効に活用する方法を重視する必要があると自分は考えます。

また、ちょっと横道にそれますがゲームのクオリティというのはゲーム内の各要素の掛け算だと考えてます。1例で説明すると
BGM×ストーリー×システム×グラフィック×デバッグ×操作性=ゲームのクオリティ!
みたいな感じです。

何故こんな式で説明するかと申し上げれば、ちゃんとした理由があります。
例えばで説明しやすいように要素が「グラフィック」と「システム」の二要素だけのゲームがあったとしましょう(そんなものはないのですが)

グラフィックに1の力を注ぎ込んで システムに9の力だけ注ぎ込んだゲームは
9*1=9クオリティ

グラフィックに5の力を注ぎ込んで システムに5の力を注ぎ込んだゲームは
5*5=25クオリティ

グラフィックに10の力を注ぎ込んで システムに0の力を注ぎ込んだゲームは
0*10=0クオリティ

になると考えてます。
つまり何が言いたいかというと
「各要素をほどほどに力を入れたゲームの方がおもしろい」
「致命的な部分があればそれはプレイに耐えないゲーム」と考えます。
(ローグ系はグラフィックという要素が鼻から無い事を注釈します)

また上記では労力を単純計算しました、実際はそういかないのです
グラフィックの出来を1→2 にする労力と 9→10にする労力は 同じ1ですが労力は同じですか?
違いますよね。基本的には指数関数的に上がっていくので
1→2する労力の100倍位つかって9→10に出来るくらいと思ってもいいかもしれません。

そしてゲーム作成はやる事が腐るほどあることは前の記事でご説明したかと思います。
そのため9→10にする労力は別の所に回すべきと考えてます。9のままにして。

近日のゲームシーンのメインはどんどん同人ゲームに移ってきているように感じます。
(最近マインクラフトの製作者に関するドキュメントを読んだのですが
それとあわせてほぼ確信的に感じます)
実際大手の出したゲームはムダに時間を喰って面白くないゲームが多くなってきています。
・失敗できないために過去のゲームの焼きまわし
・営業のためだけのグラフィック強化、開発費の削減等々
・省コストのため切り詰めるれる部分の切りつめ化

そんなゲームに時間を費やすより一発アイデアのゲームをスマフォなどで
サクッと楽しむという形がメインになっているような気がします。
そのため開発環境が同人であるケースがもっと増えてくると思います。
どういった開発形体で、どのような媒体なのかなど
色々妄想できて興味は尽きないものです。


さて話を戻したいのですが 話の寄り道しすぎたので
本題のドット絵に関しては別記事です。